学習の鉄則は、繰り返し。それに抽象化を加える。

OS

昨日、車に乗って運転をしていたのですが、

その中であるビジネス系の音源を聴いていました。

 

 

ちなみに、その音源は少なくとも

20回は聞いています。

 

 

最近はこの音源を聞いていなかったのですが、

その理由は明確、

音源のポイントは頭に入っている。

と思っていたからです。

 

 

ですが、

改めて音声を聴いてみたところ、

大きな驚きを感じました。

 

 

何十回も聞いているにも関わらず、

新しい気づきがたくさんあったのです。

 

 

もっと言うと、

こんなこと言ってたっけ?

と思うことも何回もありました。

 

 

あるデータによると、

話をしている人が伝えた内容を10とした時、

聞いている人が理解出来る内容は1割程度

であると言われています。

 

 

つまり、話し手からすると、

聞き手はほとんど何も頭に入っていないのです。

 

 

まあ、考えてみれば当たり前のことかもしれません。

 

 

人は基本的に自分の興味があることしか頭に入らないんですね。

 

 

また、聞き手と話し手は、

異なる人生を歩んできており、

経験してきたことも全く異なりますので、

そもそも、同じレベルで共感できるはずがないのです。

 

 

話し手からすると

悲しいことかもしれませんが、

これが現実といえるのでしょう。

 

 

このように考えていくと、

ある程度の期間を空けて同じ音声を聞くことで

新しい気づきを得られるのは、

ある意味当たり前、ということができます。

 

 

なぜなら、

時間の経過によって

私達は新しいことを経験しており、

その新しい経験が自らの世界観を変えた結果、

音声の内容が同じだったとしても、

気付きに変化が起こるのです。

 

 

つまり、同じ音声を聞くことで、

自分がどれほど成長したのか、気づきがあったのかを

定量的に評価することができるようになるのです。

 

 

これは、とりわけ抽象的な内容について

語られた音源の場合において

顕著に現れてきます。

 

 

これを違う表現であらわすと、

具体的な経験を積むことによって、

その経験をまとめた抽象的な概念を

理解することができるようになった。

ということです。

 

 

それほど、抽象的な音声を

何回も聞くことには価値があるのです。

 

 

もちろん、

これは新しい音声を聞くことを

否定するものではありません。

 

 

あくまでも、

同じ音声を聞き、

異なる気づきを感じた時に、

自分の成長を実感できる。

ということです。

 

 

自らの成長を定点観測したい方は、

繰り返し聞くことができる

抽象的な音源を一つ買ってみる。

というのも良いかもしれません。

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